「エースをねらえ」ばりの師弟対決を見逃してしまった人へ
文化スポーツライターキリンコ
「エースをねらえ」ばりの師弟対決を見逃してしまった人へ
「エースをねらえ」で岡ひろみがお蝶夫人と対戦する。テニスを始めるきっかけともなった憧れの存在に、岡ひろみは感謝を込めて全力でぶつかる。お蝶夫人はそれに応え、全てのショットを見せ、手渡すかのように戦い、そして敗れる。
恩師を越える戦いは、スポーツ漫画にいくつも出てくる感動的なシーンだ。世界ランキング1位のまま先日引退した、車いすテニスプレイヤー国枝慎吾選手にも、それを思い出させるような名勝負があった。2022年11月、有明コロシアムで行われた楽天オープン決勝だ。
相手は小田凱人選手。なんと16歳で世界ランキング4位。試合当時はプロになってからまだ半年だった。この選手、本当に強い。2バウンドまで許される車いすテニスは、ジリジリと厳しいコースに相手を追い込み強いショットで決める、というプレイが多いが、小田選手は一球目から強く速く振り抜く。そのフォームも表情も、スーパーショットに両手を上げて観客を煽る様子も、とても16歳には見えないスターそのものだ。
何よりすごいのはマッチポイントを握られてからでも試合をひっくり返せるゲームチェンジャーぶり。あの国枝選手が初めて小田選手のテニスを見た時、いずれこの選手に負ける日が来るだろうと覚悟したそうだ。
国枝選手に憧れてテニスを始め、共に日本代表になり、楽しそうに世界で戦う国枝選手を見てプロとして生きる覚悟を決めたという小田選手。二人の最後の対決となった楽天オープン決勝で、小田選手が国枝選手を破った…となればまさにエースをねらえの再現だけれど、実際はそうはならなかった。逆転でセットを奪ってゲームを支配したが、勝負どころでわずかな差が出た。王者は王者のまま、引導を渡されることなくツアーから去ることになった。
「まだ僕にはなんと言っていいか分かりません。ただ一つ言わせてください。大好きです」引退を受けてSNSに投稿した小田選手。国枝選手を破って世界1位になる夢が叶わなかった心中を思う。それでも彼はこれからも国枝選手を目指して、国枝選手より強くなろうと戦っていくことだろう。
圧倒的な世界王者と才能あふれる若きスターがどちらも日本人で、しかも東京での決勝が実現したというのに、有明コロシアムに空席が目立ったのは残念すぎた。コロナ禍の数年があったとはいえ、世界のクニエダのプレイを一度この目で見たかったと嘆いても、もう遅い。
選手の成長も頂点も別れも、うかうかしているとあっという間に通り過ぎてしまう。世界のオダになろうとしている小田選手を見るなら、チャンスはできるだけ早くつかまえた方がいい。
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