走りの推進力が 見る者の背中にモーターをつける

文化スポーツライターキリンコ

走りの推進力が 見る者の背中にモーターをつける

「ゴールした時の新谷の表情が忘れられない」チームを率いる横田真人コーチのコメントだ。

 

1月15日に行われたヒューストンマラソンの女子大会記録は、2時間19分12秒。偶然にも日本記録とぴったり同じだ。大会記録と日本記録の更新を同時に狙った新谷仁美選手の挑戦は、12秒届かなかった。

 

トップを走る中継車の映像は、無音のまま15キロ過ぎから新谷選手を捉え続けた。腕振りでも足の運びでもなく、身体の中心に推進力があるような力強い走りがそこにはあった。ぶれのない、モーター音の聞こえそうなスムーズな動きに圧倒される。チームの新田コーチはペースメーカーらしからぬ気迫を惜しげなく見せて、Twitterでは「新田さん」がトレンド入りした。見ているこちらが息苦しくなるようなスピードとパワーでラスト数キロまでは日本記録ペースだったが、わずかに及ばなかった。

 

記録は高橋尚子氏らスターを抜き、日本人女子として18年ぶりに2時間20分を切る歴代2位。見る側はもう十分に満足だけれど、新谷選手とチームが記録を狙うなら、獲ってくれと願った。周囲の声かけを振り切るようにしてゴール地点から去り、しばらくして笑顔で表彰式に姿を見せた彼女はもちろんだけれど、それを見守る横田コーチの表情も、遅れてゴールした新田コーチの表情も、同じように忘れられない。

 

悔しさ、やり切れなさ、申し訳なさ。外野の私たちには想像するしかない感情の渦をちらりと見せた後、チームはすぐにまた前を向いた。

 

レースの3日前にペースメーカーと大喧嘩し、スタート5分前に仲直りしたこと。パリオリンピックを賭けたMGCには出場せず、ベルリンマラソンであくまで日本記録を狙うこと。ベルリンでもう一度ペースメーカーをやってほしいとコーチに頼む様子まで立て続けにSNSに投稿され、感動に浸る間などないと、ドンと背中を押される。

 

足も速いけれど生きるスピードも速い推しチーム。結果を求めるけれど挑戦の意味を何より求める推しチーム。その推進力が、ファンの毎日にもモーターをつけてくれる。

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