劣勢の異国の地で見せた笑顔の凄味〜車いすラグビー〜

文化スポーツライターキリンコ

劣勢の異国の地で見せた笑顔の凄味〜車いすラグビー〜

水曜の夜、都心のオフィスビルのオープンスペースに50人が集まって、ビール片手のパブリックビューイングが始まった。スクリーンに映し出されるのは車いすラグビーだ。

 

世界ランキング上位8チームを集めたパリでの国際大会は、佳境を迎えたラグビーW杯と、来年のパラリンピックを存分に意識している。もともと自国応援の熱いフレンチが、W杯と同じBGMに嬌声をあげて応えた。パリパラリンピックでさらに膨れ上がる歓声が、今から目に浮かぶ(うらやましい)。

 

世界ランキング3位で、夏のパラリンピック予選で優勝し、パラ競技の中で最初にパリ行きを決めた日本車いすラグビー。もちろん狙うは金メダルだが、この大会では各国の強化と日本への対策を思い知らされた。

 

世界の車いすラグビーは上位6ヶ国の実力が伯仲していて、どこが優勝してもおかしくない。ランキング1位のアメリカは今大会では5位、東京パラ金のイギリスは6位だった。(優勝はオーストラリア、準優勝はカナダ)

 

日本は予選リーグを1位で追加し、準決勝では夏のアジアオセアニア選手権で3連勝、特に決勝では10点の大差をつけて負かした世界ランク2位のオーストラリアと対戦した。

 

大柄な二人の相手エースの体力を削って走り回り、後半じわじわと差をつけるのが日本の戦略だが、この日はそれが機能しない。パスの少しのずれが続き、逆に日本が体力を奪われた。日本の強味である多彩なコンビネーションにも対応され、4点差で敗北した。

 

ウクライナ侵攻でロシア上空を通れない今、ヨーロッパはものすごく遠い。ラグビーW杯で渡仏した直行便は太平洋北方のアンカレッジ廻り(アンカレッジ給油、なんて時代を思い出した)、パリまで丸一日の旅程もざらだ。パラアスリートにとって長旅のダメージはどれだけ大きいものか、想像すると辛い。帯同しつつ出場できなかったメンバーもいて、コンディションは決して万全ではなかっただろう。

 

とはいえ世界選手権やパラリンピックと同様の準決勝での敗退、夏に差をつけた相手に対策をとられた現実は、はるばる参戦したからこそ簡単に受け入れられるものではなかったはずだ。予選リーグで1点差で黒星をつけられたフランスとの3位決定戦は疲労もピークの中、超アウェイの会場でどんな風にモチベーションを保ち続けられるのか、気にしながら配信開始を待った。

 

選手たちは、今大会一番の笑顔でコートに入ってきた。疲労や落胆を隠すのとは違う、完全な笑顔で。異国の地で強敵との最高のゲームが始まる、その喜びをストレートに表していた。

 

これまで主要な試合では表情を硬くし、気合いや悔しさをむき出しにしていた若手選手さえ、その笑顔は晴れやかだった。車いす同士をぶつけ合い、相手を倒して前に進む試合中の表情の凄まじさを見ているからこそ、その笑顔は逆に凄味を増して、鳥肌が立つ。

 

夏の大会を最後にこれまでヘッドコーチを務めてきたケビン・オアー氏が退任し、メンターともいうべき存在を無くしてスタートした新チーム。それでも世界最高レベルの戦いを通して自分を表現できる、その誇りはチームの財産として生きていた。コンディションが万全でなくても限界を超えて死闘を演じられるほどに。コートに上がる前には、屈託なく笑えるほどに。

 

試合は抜きつ抜かれつしながら終盤に離されて終了2分前に3点のビハインド。互いに1点ずつ取り合うのがセオリーの車いすラグビーでは「試合終了」の展開に近かったが、そこから怒涛の4連続得点で逆転して勝利、フランスの観客を静まり返らせた。

 

相手の動きを一瞬止めてしまうほどの凄味を選手全員が体現した2分間。その姿が入場時の笑顔と重なった。心と身体を整え、極限まで集中した時に唐突に生まれ、その場の空気を変える。そんなゲームチェンジ力がパリパラリンピックでもう一度見られる、そんな予感がする。