ライブファンとインドネシア人、どちらの猛者にも立ち向かえ

文化スポーツライターキリンコ

ライブファンとインドネシア人、どちらの猛者にも立ち向かえ

8月27、28日の千駄ヶ谷駅には、国立競技場ライブに来た矢沢永吉ファンと東京体育館に来たバドミントンファンとが入り混じる、ちょっとシュールな光景があった。初めて日本で開かれたバドミントン世界選手権。テレビでの放映はほとんどなかったが、女子シングルスの山口茜選手と混合ダブルスのワタガシ(渡辺勇大・東野有紗)ペアが勝ち上がって徐々に注目が集まった。28日の最終日にはチケットが完売。推しのウチワを持ち、ヨネックスのTシャツを着たいわゆるバドファンだけでなく、初観戦風のファミリーやカップルも目立った。

 

そんな中で目を引いたのは各国の応援団だ。男女単複プラス混合、5試合に勝ち残ったのは日本以外にインドネシア、マレーシア、中国、韓国、タイ、デンマーク。中国、韓国の応援は想像通りだが、インドネシアの応援には驚いた。体育館の数か所に集結した彼らは、とにかく黙っていない。「感染予防で声出し禁止」のアナウンスは初めは日本語だったが、途中からは英語と中国語だけになった。もちろんおかまいなしに彼らは騒ぐ、叫ぶ、歌う。インドネシアの選手が登場した第一試合からボルテージは最高潮だった。

 

バドミントンはインドネシアの国技、観戦に慣れているのも納得だ。「ヤァ!」「ウゥ!」スマッシュチャンスが来るたびに煽る。インドネシアの選手もそれに応えるように渾身の力でラケットを振った。それでスマッシュがきまればどっと歓声があがるところだが、決勝戦は甘くない。ディフェンスで左右に振られ、コースを変えられる。それでも応援団はひるまずに「ヤァ!」「ウゥ!」と攻めまくる。選手は国民を裏切れない…と思っていたかどうかは知らないが、相手をかわすこともなくひたすらに打ち続け、結果的にミスが重なる形であっさりと負けてしまった。

 

もちろん応援団はがっかりしただろうが、表彰式で巨大国旗を振る彼らに悲壮感はなかった。チャンスがあればとにかく打つ、攻める、たたく。それが彼らの愛するバドミントンの形なのかもしれない。うるさいけれど楽しい。ただ…これ、日本人の試合でもやるんか? とちょっと憂鬱になった。インドネシアでのバドミントン大会は歓声でシャトルの音が聞こえないそうだ。山口選手がアジア大会でインドネシア選手に敗れた時に「相手のスタイルに応援が合って勢いが増した」とコメントした。そう、日本選手にはこの応援は全く合いそうにないのだ。

 

「アカネチャン、ガンバッテー♪」果たして女子シングルス決勝は、インドネシア応援団の悲鳴のような歓声で始まった。彼らは東京オリンピック金メダリストの中国選手ではなく、山口選手を応援すると決めたようだ。チャンスのたびに「ヤァ!」「ウゥ!」と煽る。しかしその大応援は長く続かなかった。チャンスがあっても、打ち込まない。延々とラリーを続け、コースギリギリをつき、相手の体勢が崩れるまで待つ。「ヤァ!」「ウゥ!」の空振りが続き、相手選手よりインドネシア応援団の方が先に根負けして静かになった。

 

シャトルの音どころかウェアの擦れる音まで聞こえた。プレイの合間にドンドンカンカンと、配られたシャトル型のハリセンの音だけが祭り囃子のように響いた。感染予防など関係なく、山口選手のスタイルに合っている応援があるとしたら、まさしく昨日の無音応援だったろう。

 

素晴らしい試合だった。どんなスポーツでも「とにかく勝ってほしい」とか「いいプレイが見たい」とかの気持ちが全て引っ込んで、ただ「参りました」と両手を挙げたくなる試合が時々ある。オリンピック金メダリストと世界ランク1位の決勝戦は、まさにそれだった。決まった!と思っても絶妙なコースにシャトルは返ってくるし、やられた!と諦めてもラリーは続く。68分の試合の中で、観客は幻の勝利も敗戦も味わった。優勝は、至高のプレイに酔いしれ勝利を願う気持ちもなくなった頃に、静かにやってきた。

 

金、銀、銅一つずつで終わった世界バドミントン。チケット完売は期待以上の盛り上がりだったか。それでも無音の応援を「これぞ日本」と満足しているようでは、パワーとスピードの時代に対応していけそうにない。山口選手の無音応援もいいが、「ヤァ!」「ウゥ!」がよく似合う華やかな選手も出てきてほしい。国立競技場のライブ客と、東京体育館の観客。どちらかわからないくらいに選手もファンも多様化したら、バドミントンはもっと面白くなる。

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