【南スーダンのアブラハム選手、見てるかい?】

文化スポーツライターキリンコ

【南スーダンのアブラハム選手、見てるかい?】

 寝室の壁に、アフリカ南スーダンの国旗🇸🇸が掛けてある。選手が肩にかけてウイニングランをするようなビッグサイズだ。
 もちろんどこにでも売っているわけではないので、Amazonで注文したら水泳帽が届いたり色々あった、ことは置いておいて。この国旗を買ったのは、オリンピックの国立競技場で1500mを走ったアブラハム選手を応援するためだった。

 内戦の続く母国を離れてオリンピック準備のために2019年に来日したまま、コロナ禍、オリンピック延期によって1年9ヶ月を日本で過ごした南スーダンチームのことは、メディアでもずいぶん取り上げられた。
 オリンピックでは南スーダン記録を更新したものの、組13位で予選敗退だった。それでも彼の存在は、記録以上にくっきりした跡を残したようだ。オリンピックから3ヶ月近くたって開かれた陸上中距離の大会に、アブラハム選手は見えない形で、でも確かに参加していた。

 マイナーな陸上競技を変えたい、とオリンピアンら一流アスリートたちが自ら作り上げたミドルディスタンスサーキット(MDC)のことは以前にも書いた。ファイナル東京大会の賞金は100万円。「優勝したら何に使う?」と聞かれて「南スーダンに学校を建てたい」と答えたオリンピック1500m代表卜部選手。チームの楠選手は、アブラハム選手の日本での活動をサポートするプランがあることを明かしている。
 オリンピックに出たからといって、その後が約束されるわけではない。それなら何のために出るのか、何のために目指すのか。答えを探し続ける選手たちに、アブラハム選手の「国の平和のため」という即答は刺さった。
 南スーダンで年に一度開かれる運動会(国民体育大会)は民族同士が紛争をやめてスポーツを楽しむ特別な機会。「オリンピックで南スーダン代表が走れば、国が一つになって応援してくれる」アブラハム選手がそう確信するきっかけになったそうだ。    
 「アスリートとしてできることはいくらでもある」それを体現してくれたアブラハム選手に届けとばかりに、MDCはマラソン解説者増田明美さんや、先日引退した短距離の高瀬慧選手まで走り、観客は座席から下り、トラックを囲んで応援できるという本気のお祭り運動会となった。

 オリンピックを生観戦できなかった悔しさは消えない。でもこんなふうに点々と残るオリンピックの足跡を見る嬉しさは格別だ。
 これからは駅伝シーズン。チームの絆ばかりがクローズアップされがちだけれど、オリンピックに出たからこそ、出られなかったからこその、以前とは違う選手たちの走りがいくつ見られるかにも注目したい。

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