【1000円で日本新記録を見るの巻】

文化人スポーツライター キリンコ登場

【1000円で日本新記録を見るの巻】

 田中希実。名前を聞いて、「あーオリンピック1500mで入賞した選手ね」なんて思い出してくれる人がたくさんいたら、嬉しいな。マラソンも短距離も人気があるのに、陸上中距離はマイナー感がすごい。オリンピックにも出られないんだからしかたないか…なんて思っていたら、田中選手は日本人として初出場するだけでなく、ケニアの選手とも競り合って、日本新記録を更新して入賞した。中距離選手からもファンからも「よくぞやってくれた!」と感謝の嵐。けれどこれで中距離の注目度が増したかと言えば、もちろんそんなに甘くない。
 オリンピックに出てからわずか2週間後、田中選手は今度は1000mで日本新記録を出してYahooトップニュースにも載ったのだけれど、その大会のチケットは1000円だった。1000円で見る日本新記録。でもそれより知ってほしいのは、その大会はオリンピアンたち自身が「こんな大会あったらいいな」という夢を形にした、楽しすぎるイベントだったことだ。

大阪で行われたミドルディスタンスサーキット(MDC)は、小学生や市民ランナーもエントリーできる。知らない子どもやおじさんが走るのを見たって…と思うかもしれないけれど、なんとペースメーカーとして、オリンピアンや箱根駅伝で人気の選手たちが走るのだ。市民ランナーと言ったって、私たちホンモノの一般市民よりはずっと足が速く身体もしぼれたランナーが、目標タイムを目指して顔をゆがめて必死に走る隣を、オリンピアンたちはニコニコ声をかけながら、ゆったりジョグする。なんで同じスピードでここまで様子が違うのか、わけがわからない。アスリート同士の勝負よりも異次元のスピードを体感できる。
 その後行われたのはエリミネーションマイル。海外で人気だというエンタメ性抜群のこの競技では、1周走るごとにビリの選手が脱落し、4周走って1位を決める。4度ゴール前の猛烈なダッシュに勝ったのは、日本記録を持つ河村一輝選手やオリンピアンの坂東悠汰選手だった。豪華すぎる。抜きって抜かれつの展開に大騒ぎした直後に公認レースがあり、日本新記録はそこで生まれた。盛り上がらないわけがない。しつこいけれど、チケットは1000円なのだ。
 私を含め、日本人はスポーツの中にストーリーを見るのが大好きだ。高校野球や箱根駅伝が人気なのはそのせいだろう。でもスケートボードなどのオリンピック新種目で、勝ち負けよりもストーリーよりも、パフォーマンスに単純に盛り上がる楽しみ方にハマった人も多いはず。何よりこんな大会をオリンピアンたち自身がやりたがってくれているのが嬉しい。
 先行して逃げ切ったり、大外からまくって最後のストレートで差したり。競馬のような中距離は、ヨーロッパでは大人気だそうだ。ビールを飲みながら、いや今はそれは無理でもタオルを振って盛り上がりたい。MDC東京は10月30日の駒沢公園。メインレースは100万円の賞金つきだ。無観客にならないようにと、今から手を合わせている。

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