イングランド戦をモナコで待つ ラグビーWorld Cup 2023 FRANCE #3

文化スポーツライターキリンコ

イングランド戦をモナコで待つ 
ラグビーWorld Cup 2023 FRANCE #3

「MITSUBISHI」ニース空港のトイレの古いハンドドライヤーに、久しぶりに日本企業の名前を見ました。

 

一昔前は海外の通りにあふれていた日本車も日本企業の看板も、街で見かけることはほとんどありません。世界中どこに行っても日本人の旅行者だらけだった印象があるのに、日本人の好きそうなブティックにも、カジノにも、フォトスポットにも、どこにもいない。

 

世界から姿を消してしまった日本。「ニッポン、がんばれ」ラグビーだけではなく国に向けて、声を枯らして叫びたくなってきます。

 

そんな中、唯一日本人にたくさん出会うのはやはりラグビーワールドカップ関連の場所。ファンビレッジにも日本戦以外のスタジアムにも、赤白の縞ジャージが目立ちました。Go Japon! と声をかけるフレンチも「日本人、久々にたくさん見たなあ」と思っていることでしょう。

 

かく言う私も、ずっと来たくても縁のなかった南仏に、ラグビー日本代表に連れてきてもらいました。オレンジと黄色の石壁の家々、青い空の中に切り立つ崖とどこまでも続く海岸線、朝の市場で強い日差しに映える果物や花の鮮やかな色彩。放たれるエネルギーのむき出しな幸せ感に、少し照れてしまうほどです。

 

大一番のイングランド戦をニースで迎える日本代表選手は、練習の拠点を少し離れたモナコに置きました。緊張と興奮を内に溜めた練習の合間に、ハーバー沿いのテラスで休憩をとります。

 

そこは世界の富豪の集まる観光都市。観光客が発着するヘリコプターの姿が途切れることはなく、紺碧の海には真っ白に磨かれた個人所有の大型クルーザーが並びます。

 

ラグビーをやっていなければ来ることもなかったであろう場所。日本やトンガ、フィジーやニュージーランド、それぞれ生まれた土地で地元の仲間とラグビーをはじめ、目の前の練習に、試合に、挫折に、困難に、愚直に向き合ってたどり着いたこの景勝地に「ここまで来たのか」と感慨もひとしおだろう。勝手に想像したり勝手に鼻をツンとさせたりしながら、勝負の日を迎えます。

 

日本時間9月18日のイングランド戦。12対34。フィジカルに勝る相手に、準備を重ねた鉄壁のスクラムが地面に張りつくように動かなかった時には鳥肌が立ったし、何度もトライを寸前で防いだ鬼のディフェンスには泣きそうになった。前半は4点差と試合を作りはしたものの、要所でのミスが続いて敗戦。「ニースの歓喜」とはなりませんでした。

 

オールブラックスに17対145という歴史的な大敗を喫したワールドカップから28年。現地の人に日本のユニホームを着て応援されるようになるまで、日本ラグビーは這うようにして前に進んできました。

 

番狂わせが少なく強豪国はヨーロッパと南半球の数チームに固定されているこのスポーツ。仲間入りしたい強豪国のポジションは手が届きそうに近く見えるのに、行こうとするとどんなに歩いてもたどり着かない高い山のよう。ここが日本ラグビーの現在地です。

 

もちろんワールドカップはまだ始まったばかり。イングランドに通用したスクラムがサモア戦、アルゼンチン戦でトライに繋がるチャンスは十分にあるはずです。

 

それでも全て試合を現地観戦できる人はなかなかいない。「今度はオーストラリアで」敗戦を見届け、大会の途中で帰国するファンは、早くも4年後のワールドカップを見据えます。その時に山はどのくらい近づいているのか。

 

日本チームとしてのジリジリするような前進は、一人ひとりの、一日一日の身体を張った戦いの積み重ねからしか生まれないことに気が遠くなります。生きて、見ているだけで歴史の証人になれるなら、やはり ありがたや、と思うのです。