ウイニングランはしないけど、明日も国旗を広げたい

文化スポーツライターキリンコ

ウイニングランはしないけど、明日も特大国旗を広げたい

推しは推せる時に推せ

が口癖の息子たちは、私のスポーツ観戦に寛容だ。と言ってもストーリーを追いかけたくなる選手が多すぎ、かと言ってグッズやサインがほしいわけでもない私は、推しとしては大失格だ。バイト代のほぼ全てを推し活に注ぎ込む息子を見ると、他人事ながら推しってありがたい…と手を合わせたくなる。ところがその息子に、私が唯一自分から頼んだ推し選手の特大サイン入り国旗を見せたら、彼は絶賛してからこう言った。「今なら〇〇円くらいかな。これから記録出したら爆上がりするな」

推し活は値踏みしながらするものらしい。意外に現実的である。

 

さて、その国旗は2011年にできた世界で一番新しい国、南スーダンのものだ。2019年6月、私は幻のオリンピックチケットを当てまくったのだが、その中に陸上男子1500メートル予選があった。さらにその数年前からTRACK TOWN SHIBUYAというラジオ番組を聴いていて、それは見たことのなかった中距離種目の魅力を語るのがうますぎる番組だったので「オリンピックで中距離が見られる」と喜んだものの、さあ誰を応援したらいいのかわからない。メダル候補のインゲブリクセン選手もステキだけれど、予選に賭ける選手を応援したい。でも日本人選手の出場はなかなか厳しそうだった。

 

そんな時にニュースで知ったのが、内戦の続く母国を離れ、練習環境を求めて1年早く来日した南スーダン陸上チームだ。前橋市のサポートを受ける彼らはスタッフの同行もない、まさに身一つで戦うアスリート。そしてチームリーダーのグエン・アブラハムは1500メートルの選手だった。思わずSNSで応援メッセージを送ると、すぐに感謝の返信が来た。このオリンピアン、いい人すぎる。

 

こうして国立競技場で応援すべき選手が決まった。早速Amazonで国旗を探し、やっと見つけて注文したら、ウイニングランに掲げるような特大サイズが届いた。

 

オリンピックの延期。度々変わる観戦情報。中止を求める声。そして間際に決まった無観客。選手たちの痛みや苦しみと比べるのは失礼すぎるが、7年間待っていた私の心もポキポキと、小骨が折れるほどには折れた。それでもSNSを開くとそこにはオリンピックに向けてトレーニングを続けるアブラハムがいた。日本への感謝と平和への想い、そればかりを口にしていた。群馬にいる南スーダンのアスリートと、東京の自宅で眠る南スーダンの国旗。出会うことはなかったけれど、チケットの代わりに、オリンピックとコロナ禍の不穏な日常を、たしかに繋いでいてくれていたと思う。

 

オリンピックが終わって帰国したアブラハムのサインが私の国旗に書かれているのは、今年になって再来日し、日本の陸上チームに所属したからだ。しかもそのチームはラジオで中距離の魅力を教えてくれた横田さん率いるTWO LAPS。さすがアブラハム! さすが横田さん! 楠さん! さすが私!(違う)

 

最近のオリンピックの話題といえば汚職や逮捕と残念物語ばかりだが、先月駒沢の競技場で国旗にサインをもらい、直後に1500メートルで南スーダン記録を更新して優勝するアブラハムを目の前で見た時、私のオリンピック物語は一つ昇華した。

 

日本のチームに所属したと言っても実情は厳しい。夏に南スーダン代表として世界陸上に出場したが、渡航費からユニホームまで全て自腹だったそうだ。日本での活動に加えて、南スーダンのアスリートや教育への支援を続けるために、第一線ランナーでありながらアブラハムをサポートする楠選手がクラウドファンディングを始めた。こりゃ大人の出番だとはりきったが、目標金額に届かせられるほど財力が太くない。しかもこのクラファン、目標金額に達しなければ、1円も受け取れないというではないか。

 

推し活は強要するものではない。それはわかっている。でも生まれたばかりの国も、本格的なトレーニングを始めたばかりのアブラハムも、ポテンシャルの塊だ。日本にいながら南スーダンのトップから世界のトップを目指そうとしている彼へのクラファンの価値は、息子の言葉を借りれば、きっと将来「爆上がり」する。

https://readyfor.jp/projects/ABRAHAMSHARKS

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