Elementor #13424

文化スポーツライターキリンコ

世界陸上中継が最終回? にならないために必要なこと

織田裕二と中井美穂。長年、世界陸上放送のMCを務めてきた二人が、25年の節目を迎える今年でその役目を降りるそうだ。「オダはいつもグラウンドまで降りて、選手の動きを見ていた」「なんだか目立つから選手たちも引き寄せられるように近づいて、日本の取材にばかり答えていたんじゃないか」各国のメディアが別れを惜しむ声を聞いて、ギラギラした司会をうっとうしく感じていたことを心で詫びた。

 

二人が伝えてきた13回の間に、日本にとっての世界陸上は変わった。超人たちの異次元のパフォーマンスを見る機会から、日本人の挑戦者を期待を込めて送り出す舞台へ。東京オリンピックに向けての強化が形になって、今年は多くの種目で入賞、さらには表彰台も狙えそうだ。

 

それでも世界陸上代表選考を兼ねて5月から6月にかけて行われた、日本選手権の会場はガラガラだった。コロナ禍で制限されていた観戦ができるようになっても、さあ!と勢いづくファンは限られている。そもそも点を取り合うボールスポーツと違い、陸上はただ走るだけ、跳ぶだけ、投げるだけ。そこに興奮し、盛り上がるにはレベルの高さにプラスして、いくつかのエッセンスが必要なのだ。

 

一つは選手たちの物語。世界選手権の切符をつかんだ選手たちに刺激を与えたのは、チェコに拠点を置くやり投げの北口榛花選手だという。体格にも恵まれた北口選手がチェコに行ったのは、エリートアスリートとして用意された道かと思いきやそうではない。レセプションでたまたま話しかけてきたチェコのコーチに、言葉もわからないままその場でコーチングを頼んだそうだ。挑戦の裏にあった苦労の数は相当なものだろうが、だから何?と言わんばかりにフィールドでの彼女は天真爛漫だ。オリンピックの国立競技場では日本選手団ではなく、チェコの仲間たちと行動する姿が眩しかった。彼女たちが世界の舞台に立つまでの、そんな物語を共有できれば、世界陸上はもっと楽しくなる。

 

エッセンスのもう一つはライバルの存在だ。国内に拮抗した力を持つ選手がいてこそ、どちらかをより応援したいと見る側の熱もこもる。「オリンピックの決勝にチームメイトが何人も残って声を掛け合う国がうらやましかった。自分だけではなく、何人かで世界の舞台に行きたい」日本選手権での優勝インタビューでの北口選手の訴えは、日本陸上の目指す姿をくっきりと見せてくれた。

 

そして今日、すごいことが起こった。日本選手権の後すぐにヨーロッパに戻った北口選手は、世界のスターが集うダイヤモンドリーグ・パリで優勝したのだ。SNSで「明日のレース」と投稿し、オリンピアン仲間たちから「投げじゃなく、走るの?笑」といじられていた数時間後のこと、日本人初の快挙だ。コロナと円安ですっかり内向きになってしまった日本では、世界陸上中継のスポンサーすら集まらない…聞こえてくる暗雲を、スター誕生のビッグニュースで吹き飛ばしてほしい。

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