【アップで映るカーリング選手に笑顔の苦しみを見た】

文化スポーツライターキリンコ

【アップで映るカーリング選手に笑顔の苦しみを見た】

 文化人放送局主催の西川悟平氏コンサートに以前、カーリングの吉田ちなみ選手が来場したそうだ。「テレビで見るまんまの笑顔がステキだった」とスタッフから聞いた。
 「そだね」で人気になった日本のカーリングチームだが、冬季五輪を前に苦戦が続き、まだ出場権すら獲得できていない。挑戦への一歩として先月行われた日本代表決定戦。吉田選手の所属するオリンピック銅メダルチーム、ロコソラーレは2戦2敗で相手に王手をかけられながら、そこからの3連勝で代表の座を勝ち取った。その要因こそが「まんまの笑顔」だったそうだ。
 笑顔のおかげで勝てたなんて出来過ぎというか、きれいごとというか。笑顔で勝てれば苦労しない、と意地悪も言いたくなる。けれど決勝の舞台で彼女たちは本当に、笑顔の力で勝つ方法をみせてくれた。

 長野オリンピックで初めてオリンピック種目として採用されたカーリング。素人には漬け物石とデッキブラシに見えたインパクトもさることながら、競技中に顔がどアップになることに驚いた。ピンマイクをつけて競技するのも独特で、戦術はもちろん、思わずこぼれた感情的な声さえ丸聞こえになる。カーリングで一人に与えられているのは1エンドにたった2投、1試合でも20投だ。ミスが即結果につながるプレッシャーや緊張と戦いながら石を投じる選手たちの声や表情は、氷上のチェスと言われる戦術や40m先に向かってコントロールされる正確な技術とセットになって、カーリング観戦の醍醐味となった。
 ベストパフォーマンスのために多くのアスリートが求めるのは平常心、ルーティンを取り入れるのもそのためだ。よい時も悪い時もニュートラルな状態を保ち試合を俯瞰することで、気持ちの揺れ動きがパフォーマンスに影響するのを防ぐ。ところが負ければオリンピックへの道が閉ざされる土壇場で、ロコソラーレは正反対の選択をした。「嬉しかったら笑おう。悔しかったら悔しがろう。それができるのはここにいる私たちだけなんだから。」会場でピンマイクが拾った吉田選手の言葉は、連敗後にチームで感情をぶつけ合って見つけた、勝つための答えだったそうだ。感情を表すことで、戦いと自分との間に距離を置くのをやめた彼女たち。投げた石の位置だけでなく、一喜一憂する自分自身と向き合うことを選んだ彼女たち。その覚悟が、なかなかつかめずにいた試合の流れを最後にほんの少し動かした。勝利の瞬間に力が抜けてその場にうずくまった姿は、心身を削りきった過酷な時間の表れに見えた。
 「トップアスリートでいることよりも、ロコソラーレらしくいることを選んだ」試合後吉田選手はそう話したが、平常心に頼らず手に入れる勝利こそ、トップアスリートのものだとも思う。オリンピック出場権をかけ海外遠征に出発したロコソラーレ。世界の舞台で最後に爆発させる感情が、歓喜であることを祈っている。

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